耳のしくみ
物理的な空気の振動である音を外耳でとらえ、次に鼓膜、槌骨、砧骨、鐙骨と中耳の個体の振動でとらえ、最後に蝸牛のリンパ液の振動で、コルチ器内にある基底膜を振動させその刺激が有毛細胞の感覚毛へと伝わります。
それが電気刺激となって 蝸牛神経を介して中枢(脳)へと伝えられます。この有毛細胞は蝸牛と呼ばれる内耳内のうずまき管に列をなして存在し、音の周波数によって振動する位置が変わります。
加齢によって、この有毛細胞自体の数が減少する。(列をなして存在していたものがポロポロと抜け落ちてしまう)加齢による感音声難聴(加齢性難聴)はこのために生じます。
蝸牛の入り口に近い有毛細胞ほど、経年による損耗が大きいため加齢変化として、高周波数の音が聞き取りづらくなります。
では、高齢者特有の聴覚変化について述べていきたいと思います。
高齢者の聞こえ方
音は私たちの周りをあらゆる方向に飛び回っています。前から、後ろから、壁にぶつかった跳ね返って響き渡る。色々な音に囲まれながら、友人との会話、駅や空港でのアナウンスなど必要な音だけ聞き分ける事ができています。ですが、加齢に伴いこの優れた耳の機能が衰えていきます。つまり小さな音が聞こえづらくなるだけでなく、
- にぎやかな所での会話が聞き取りづらい(周波数選択性)
- 銭湯の中で話をしているように聞こえる(先行音効果を生じにくくなる)
- 高い音が聞こえにくくなる(ラウドネス関数:低い周波数の音の大きさは変わらない)
音声中の子音の聞き取りが難しくなる(パ行 タ行 カ行 サ行)
など 聞こえ方にも変化が生じてきます。
年齢に関わらず、最も聞こえやすい音周波数は4,000Hzであり、加齢による聴力低下の男女差も4,000Hzまでは変わらないが、そこから男性の方が顕著に低下します。周波数が2,000~4,000Hzと高いときは音を強くしなければ聞こえにくく、250Hzと低いときは音が弱くても聞こえます。つまり、加齢性難聴に対しては単に補聴器で音を増幅すれば良いという問題ではないことがわかります。
高い音が聞こえづらいと例えば体温計の「ピピッ」という終了音が聞こえません。そこで振動によって終了を伝える体温計なども販売されているそうです。
耳鳴りについて
一般的な耳鳴りは「自覚的耳鳴り」という自分自身にしか聞こえないものと「他覚的耳鳴り」という他人にも聞こえるものがあります。
「自覚的耳鳴り」は実際に音が発生している訳ではなく、聞こえない音を無理に聞こえるよう知覚が勘違いしていることにより生じます。聞こえない周波数の音を補聴器で補うことで改善することができます。
「他覚的耳鳴り」は診断の際に 耳鳴りの耳と医師の耳を器具でつないで、耳の周囲の筋肉が痙攣する音や血液の流れる音が聞こえるかを診察します。
耳鳴りはストレスによっても左右されるので、ストレスを溜めないようにすることが大切です。
リクルートメント現象(補充現象)
高齢者特有の可聴レベルの弱い音の時は聞こえないけれど、ある一定のレベル(db)を超えると急に聞こえるようになる現象のこと。
この現象のため、ただ単に大きな声で話せば聞こえるという訳ではないです。
難聴者への話しかけ方
なるべく音が反響しないように、耳の近くで、低い声で、短い言葉で、子音をはっきりと 「今日の 調子は どう?」 などと話しかけると聞き取りやすいです。
上記のリクルートメント現象などでもわかるように、大きな声で話しかければ良いという訳ではありません。
治療法
前述したように 有毛細胞の脱落による症状なので、基本的に治療法はありません。 ですが、近年はこの有毛細胞の再生に関する研究が進んでいるようです。
生きた動物で実際に、障害を受ける前には支持細胞だった細胞が、障害を受けてから薬剤を投与することで新たに有毛細胞に分化したことを証明しました。
(中略)
以上のようにNotch阻害剤の手術的な局所投与により、有毛細胞を再生させ聴力を改善することに成功しました。難聴に対する薬剤を用いた再生医療の、世界で最初の報告となります。
引用 : 慶應義塾大学医学部「蝸牛有毛細胞の再生による聴力の改善にマウスで成功」,2013
A basic helix-loop-helix 転写因子の一つである Atoh1(a mouse homologue of Drosophila gene atonal) は有毛細胞前駆遺伝子として作用し、多能性前駆細胞から有毛細胞へと分化させるのに不可欠な遺伝子である。
(中略)
我々は聴力消失後のモルモットにアデノウイルスを用いてAtoh1 遺伝子を導入し、蝸牛内に新しい有毛細胞を発生させ聴力を回復させることに成功した。これは、有毛細胞消失後の成熟哺乳動物において聴力回復に導いた世界初の報告である。本研究は
Atoh1 遺伝子導入による難治性内耳疾患の治療の可能性を示唆するものと考えられる。
引用:関西医科大学雑誌「高度聴力障害を有する哺乳動物でのAtoh1 遺伝子導入による蝸牛有毛細胞の再生と聴力閾値の改善」 泉川雅彦(耳鼻咽喉科学講座),2006
これら、有毛細胞の再生に関する研究は日々進歩していますが、やはり薬によって完治するというものではありません。耳に負担をかけないように生活を送ることが一番大切だと思います。
耳の鍛え方
よく「耳が悪くなるから…」と、TVの音量を小さくして聞いている方がいると思いますが耳は鍛えることはできません。
周囲に迷惑をかけるから…とイヤホンで大音量でTVを見ている方もいるかもしれませんが、これはNGです。大きな音を長時間聴き続けることで「突発性難聴」(音響外傷)となり、余計に聞こえが悪くなってしまいます。
TVの字幕などを利用するなどして、耳にあまり負担をかけないようにすることが第一です。
三重苦であったヘレンケラーですが、何が一番辛いか聞かれたときに「聞こえない苦しみを真っ先に取り去ってください」とお願いしたそうです。
視覚からの情報入力は80%といわれますが、視覚と聴覚の違いは情報の量ではなく、情報の役割や情報の質の違いなのではないでしょうか。
「どうせ聞こえないから」と話しかけることを躊躇してしまったり、会話の輪から外してしまう必要はありません。
上手く伝えることで、伝わることはたくさんあります。
コミュニケーションを上手に図っていくことで、認知機能の低下を予防したり 生活の質を上げることへとつながるのではないかと思います。
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