「立つ」「歩く」リハビリのために必要な「空間学習」

「考える」とはどのようなことなのでしょうか。私たちが持っている記憶を使ってこの「考える」ということをしないと、それは「考える」ということにはなりません。
では私たちは普段どのようにして「考える」ということをしているのでしょうか。

メンタル・スキーマ

「考える」ということの脳の使い方のひとつとして考えられるのがメンタル・スキーマという概念です。
このメンタル・スキーマという概念を提唱したのが Bartlettの実験です。
どのような実験かというと、

  1. ① まず1人目の被験者にエジプトの象形文字のような”フクロウ”の絵を見せます
  2. ② 15~20分後にその絵を思い出して描いてもらいます
  3. ③ その1人目の被験者に描いてもらった絵を2人目の被験者に見せます
  4. ④ 15~20分後にその絵を描いてもらいます
  5. ⑤ これを3人目、4人目・・・・・と続けていきます

左上からスタートしています。一番上の右側(4人目あたり)からだんだんと”フクロウ”から”ネコ”のような絵に変化しています。そして2列目からは”クロネコ”へと変化しています。

「新規の記憶形成において、既得の記憶構造(schema)に関連付けて
記憶する」

— Sir Frederic Charles Bartlett

既得の記憶構造をメンタル・スキーマといいます。

このメンタル・スキーマに関連付けて記憶するとはどういうことかというと、
私たちが何かを覚える、また何かを記憶をもとに判断するときというのは、既に持っている記憶構造(知識)を元にしています。

私たちが何か記憶するというイベントを経験したときに、ただ記憶するのではなくタンスの中にしまってそのカテゴリごとに整理をします。そしてそれをいつでも必要なときに取り出せるようにしています。

それをメンタル・スキーマといいます。

Bartlettの実験は何を示唆しているかというと、私たちはこのメンタル・スキーマを持っているので新しいことあるいは少し変わったこともすぐに覚えることができます。

例えばいつも通っているハンバーガー屋で新作のメニューができても、それをすぐに覚えることができます。

それはそのハンバーガー屋のメニューのメンタル・スキーマを私たちが持っているからです。

例えばハンバーガーを見たことがない人が初めてハンバーガー屋に行った場合は1からメニューを覚えなければなりません。”テリヤキ”とはどのような味なのか、どのような形で提供されるのか・・・・。ですが、チーズバーガーにチーズが入っているということは理解できるかもしれません。それはチーズのメンタル・スキーマを持っているからです。

このメンタル・スキーマは大変便利なものです。

人間が人間として認知を行ううえで絶対的に必要なものです。ですが、一方で私たちは何かを覚えるときに私たちが持っているメンタル・スキーマに当てはめて覚えようとしたり、理解しようとします。
だから、Bartlettの実験ではどこかで「これってネコじゃね?」「じゃあこれは尻尾かな?」とどこかにあるネコのメンタル・スキーマに当てはめて記憶・理解しようとしてしまいます。

そして次第にネコのメンタル・スキーマに当てはまり、完全にネコになってしまいます。

空間学習とメンタル・スキーマとリハビリ

ディズニーランドに行ったことがある人は初めて行ったときに迷子になった経験があるのではないでしょうか。ですが何度か行くとその経験や知識をもとにどこに何があるのかの位置関係が理解できてきます。これはただ地図を記憶するというのではなく、経験を整理整頓してメンタル・スキーマをつくっています。
このように自身が興味を持ったことに対して、調べて経験してその知識を積み重ねていくことでメンタル・スキーマをつくることができます。

Mental Schema課題

水迷路の実験でも説明したように、ラットは空間学習は簡単に習得できてしまいます。そしてそれよりもさらに得意なものが”エサの場所を覚える”という課題です。これは実験用ラットに限らず、野生の動物などでも同じだと思います。

自分が今どこにいてどこに餌があるのか、自分の位置と餌場の位置関係を把握することを空間学習といいます。

1.5×1.5(m)の砂場の中に上図のように色々な味の餌を入れた壺を隠します。

ラットを砂場へ入れる前に例えばチョコレート味の餌を少量与え、その壺を探させます。チョコレート味を探す実験のときは他の壺は空にしておきます。

このようにして6種類の味とその位置をラットに覚えさせるという実験です。

私たちが町の地図を覚えるように、ラットにもどこにどんな餌があるのかを覚えさせます。
このような経験を積み重ねると知識を体系化し(schema を獲得し)シティ・マップを身につけることができるようになります。

そして一度配置を習得したラットは、新しい味と位置を一回で覚えることができることがわかりました。
これは一度獲得したschemaを使って新たな地図を書き足しているからだと考えられます。
ですが全ての配置を変更し、まったく新しい味と場所を新たに覚えさせようとすると、そのスキーマの獲得には数週間かかるということがわかりました。

空間学習と海馬

空間学習に海馬が重要な役割を果たしているということについて【脳機能】記憶のメカニズム~忘れることの重要性で説明しました。ではこのようにメンタル・スキーマを利用した空間学習に対して、海馬はどのような役割を果たしているのでしょうか。

一度その味と配置を習得したラットの海馬を破壊するという実験をおこないました。
するとそのラットは破壊前の記憶は保持していますが、新たな配置を覚えることができないということがわかりました。

海馬破壊後には新たに設置したMapを覚えることができません。これを順行性健忘といいます。

覚えるためには海馬が必要ですが、この海馬を破壊した後も破壊する前の記憶はのこっているということがこの実験からもわかります。これはどういうことかというと、スキーマをつくるためには海馬が必要です。ですが、スキーマ自体は海馬以外の脳の部位に保存されているということになります。

この課題を行った時のマウスのArc(最初期遺伝子)の発現を調べてみるとスキーマを利用して新しい学習をする、スキーマをアップデートするときに前頭葉の前頭前野にある前辺縁皮質に多く発現しているということがわかりました。

つまりスキーマは海馬でつくられ、それが前辺縁皮質に移動してスキーマとして保存されているということです。

これは人間でも同様であるということがわかっています。

【脳機能】記憶のメカニズム~忘れることの重要性についてはこちらをご参照ください。

Arc(最初期遺伝子)に関してはこちらをご参照ください。

海馬から大脳皮質へ

海馬は見たり聞いたり、また自ら動くなどの外部からの情報を入力する働きがあります。そしてその情報は短期間であれば海馬自身の中に保存されます。海馬は大脳皮質の様々な場所と情報のやり取りをしています。そして比較的長期間保存される記憶は海馬から大脳皮質に送られ、そこで保存されていると考えられています。

  • 海馬は、前方(嘴側)と後方(尾側)とでは、連絡している脳領域が異なる。
  • recent memoryの形成のためには、嗅内皮質と前頭前皮質の両方(視空間情報と判
    断・実行機能)が必要。

さきほどのラットの”エサの場所を覚える”Mental Schema課題はどのような情報がやり取りされていたのかというと…
砂の入ったケージを見て理解する空間の情報は海馬に入ってきます。
そして海馬で空間記憶が形成されます。
エサの味の情報、嗅覚系の情報はおそらく扁桃体で味の記憶が形成されるといわれています。
そしてこの情報が海馬で結びついてMental Schemaとなります。
Mental Schema は前辺縁皮質に移動して保存されます。

まとめ

私たちは日常生活を送るうえでたくさんの経験をしたり、たくさんの物事に触れたり新たに覚えたりを繰り返しています。ですが、それら全てを完璧に記憶しているというわけではなく必要な部分を記憶として残しています。つまり忘れても良い、忘れるべき記憶も取捨選択しているということです。
この忘れるべき記憶には海馬の中央部が深く関わっていますが、海馬のどの部分が破壊されても学習次第では長期記憶の形成が可能であるということがわかっています。

海馬には外からの情報が入力され短い記憶であれば海馬自身で保存されます。Mental Schemaのような長期的に保存される記憶は前辺縁皮質に移動してそこで保存されます。

私たちが何か意味のあることを覚えるとき、例えば誰かの顔や名前を覚えるときには必ずスキーマを使っています。もともと持っている顔というスキーマに新しく会った人の顔をアップデートする、というのが人間にとっての覚えるという作業です。その整理整頓された知識(スキーマ)の中から必要な情報を上手く取り出すというのが人間が想起するということです。
なのでいろいろな物に触れたり、いろいろな場所へ行ったり、いろいろな行動を経験して常にスキーマをアップデートしていくということが大切なのではないでしょうか。

出張リハビリ和海 なごみ(株)

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