【脳機能】記憶のメカニズム~海馬と連合記憶

記憶にはいろいろな記憶があります。9.11のアメリカ同時テロ事件や東日本大震災など…このような心に残るような出来事はずっと覚えています。また彼氏とはじめてのデート、結婚式、誕生日など印象に残ることも覚えていることが多いと思います。

これらの出来事は人生でたった1日、ある一瞬しかおこらないようなことにも関わらず、ずっと覚えています。
ところが私たちは日ごろ生活している上で起こる出来事をすべて覚えているわけではありません。
生まれてから今までのすべての出来事を覚えているという人はいないと思います。
例えば試験前など何かを覚えなければならないときは、意識して覚えます。

ところが、はじめに述べたような日常の出来事は無意識に覚えています。覚えようと思って覚えているわけではありません。つまり自動的に記憶されているというわけです。
今回はこの記憶と脳機能の関係について説明していきます。

記憶と脳領域(大脳辺縁系)

ひとくちに記憶といっても様々なものがあります。暗証番号やアドレス、自転車の乗り方、信号機や標識の意味など…。これら記憶の種類とそれらをつかさどる脳領域について説明します。

記憶にはどのようなものがあるのか

Squire and Zola-Morganが提唱した記憶についての分類です。

記憶は大きく分けて「陳述記憶」「非陳述記憶」の2種類に分かれます。
陳述とは英語ではdeclarationといい、日本語に訳すと宣言、文字通り陳述という意味があります。
言葉の通り表せる・述べられる記憶という意味です。例えば個人的なイベントだと「昨日誰と会って何をした」「去年何があった」などの言葉で表すことのできる記憶のことをいいます。普遍的な事実とは「1+1=2」「地球は丸い」などこちらも言葉で表せられる記憶のことです。

一方で言葉で表現できない記憶を非陳述的記憶といいます。

古典的条件づけの代表的なものは「パブロフの犬」です。犬に餌を与えるときにいつも鈴の音を聞かせながら餌を与える。そうすると鈴の音を聞かせるだけで犬は餌がもらえると身体が反応し、よだれが出てくる。鈴が鳴ったから餌がもらえる、と犬が認識したわけではなく自動的に反応して身体状態の変化として表れています。ではどうしてこのような反応が起こったのかを言葉で表すことはできません。
また例えば自転車に乗るという動作を自転車に乗ったことがない人に説明しようします。
「サドルに乗って足を交互に動かす」という概念的な事柄は伝えることができても、倒れないでこぐ方法について説明しようとすると、「バランスを取る」程度の説明しかできません。どうして自分が自転車に乗れているのかの説明は言葉でうまくできないと思います。

このような記憶を「非陳述記憶」といいます。

その他にいろいろな記憶がありますが、重要なのはそれぞれの担当する脳の部位が異なるということです。
陳述記憶に関しては内側側頭葉、間脳の一部が重要だということがわかっています。
非陳述記憶もそれぞれ関与する脳の部位が異なることが知られています。
今回は「陳述記憶」に関しての説明をわかりやすくしていきたいと思います。

内側側頭葉

内側側頭葉というのは文字通り脳の内側にあります。
解剖学的にいうと、大脳基底核、海馬、海馬の前にある扁桃体などが含まれる部分である大脳辺縁系のことをいいます。この大脳辺縁系が記憶と強く関わっているということが広く知られています。

▶海馬について

H . M さんの場合

大脳辺縁系、海馬が記憶にとって大事な部分であるということが知られるきっかけとなった具体的なケースがH . M さんです。
Henry M. (ヘンリー・グスタフ・モレゾン(1926.2.26~2008.12.2))アメリカ合衆国コネチカット州マンチェスター生まれの男性。

  • 27歳の時にてんかんの治療のため、両側の海馬および内嗅皮質を摘出
  • その後亡くなるまで神経科学実験の被験者として記憶研究に多大な貢献をした

H . M さんは若いころに事故に遭い頭部に損傷を負ってしまいました。その事故のあとからてんかん発作を頻繁に起こすようになり仕事もままならない状態となりました。

当時はてんかんに対しての投薬などの治療も進んでいませんでした。てんかんは脳のある一部が異常に興奮し、その異常な活動・発火が脳全体に広がってけいれんを起こしたり意識が消失するなどの症状を引き起こす疾患です。そのためてんかんの原発部位を切除するという手術が当時行われていました。現在もてんかんの治療のために脳の一部を切除することが行われています。
ただ当時と現在との違いは、当時はその原発部位を正確には把握できていなかったため、てんかんを引き起こす可能性のある部分をほとんど全て切除するという治療が行われていました。

H . M さんの場合は先ほどの内側側頭葉や辺縁系の部分を摘出しました。
その後H . M さんのてんかんの症状は緩和しました。その代わりに重度な記憶機能の障害が起こるようになりました。

海馬摘出後のH . M さんの記憶機能

Kolb & Whishaw, (1996)

  • 新たに日々の出来事(エピソード記憶を覚えることがほとんどできない
    • 前向性健忘 anterograde amnesia
  • 手術前の直近の出来事も思い出せないことが多い
    • 逆行性健忘 retrograde amnesia
  • 言語機能は完全に保持されている
  • 運動学習や手続き記憶も正常
  • 幼少期など古いエピソードは正常
  • 数字をしばらく覚えているなど短期記憶は正常

H . M さんは海馬切除後に新しい出来事の記憶が全くできなくなってしまいました。例えば新聞や雑誌などを最後まで読むと最初に何が書いてあったのかがわからなくなってしまう。読んだかどうかもわかなくなってしまうため、またそこから読み始める。また主治医に会うたびに「はじめまして」と挨拶するなど人の顔が全く覚えられなくなってしまいました。
また手術後の新しい記憶だけでなく、直近(2~3年)の出来事も思い出せないことが多くありました。
このように今の時点よりも前(これから向かっていく方)の記憶を前向性健忘といい、手術の時点よりも前(後ろ側)の記憶を逆向性健忘といいます。

大きくみられた症状はこの2つでした。
ですがその他の言語機能などの症状は保たれており、IQは110~程度(通常は100程度)あり知的機能はかなり高いまま保たれていました。
その他新たな動作を覚えることや古い経験は正常で、電話番号などの数字は1分程度なら覚えていることができていました。
H . M さんは古い記憶や短い記憶は正常ですが、最近の記憶や新しい記憶が全くできなくなってしまったということです。つまり
海馬は陳述記憶の固定化に必要であるということがわかってきました。

そしてもう1つわかったことは記憶の時間に関することです。
出来事が成立してからの時間によって、記憶のタイプが異なるということがわかってきました。
出来事が起こってから1~2分の記憶、1時間後の記憶、1か月後の記憶と10年前の記憶は性質が異なるのではないかということが明らかになってきました。

ペンフィールド博士の実験

当時てんかん発作に対する外科手術では原発部位周辺の組織を大きく切除する手術が行われていましたが、ペンフィールド博士は切除後の機能障害を最小限に抑えるため、どこにどのような機能があるのかを研究しました。
てんかん患者の外科手術中に脳の部位を電気刺激をし、局所麻酔で意識のあった患者に調査する実験を行いました。

M . Ma さんの場合

てんかんの手術中であった M . Ma さんの脳に電気刺激を行い、どのように感じるかの聞き取りをしたところ…

  • 11を刺激すると…
    • ”母親らしき人が彼女の子供を呼んでいる”
  • 17を刺激すると…
    • ”どこかの事務所の中にいて机が見えます。私はそこにいて、机にもたれて鉛筆を持った人が私を呼んでいます”
  • 20を刺激すると…
    • ”懐かしい記憶-私がコートを掛けた場所。私が仕事に行く場所”

このようにM . Ma さんは刺激された脳の部位によって呼んでいる、見えるなど光景に関する事柄を答えました。したがって側頭葉は記憶の視覚情報や聴覚情報の貯蔵庫の役割を果たしているのではないかということが考えられます。

記憶と外部情報の照合

H . M さんやM . Ma さんのように脳の一部を切除してしまったり、電気刺激をしたりなどのラフな刺激で記憶と脳領域との関りがわかってきました。
我々が普段記憶を思い起こすとき、例えば何かを聞いた・何かを見た・何かを嗅いだ、などのときに記憶がよみがえったりします。
それがどのように現在の情報と脳領域の中にある記憶と照合しているのでしょうか。

ボトムアップ信号とトップダウン信号

ボトムアップ信号とは、人が何かの情報を目から入力した際
目に入った情報、視覚野から入った情報は後頭葉で処理をされます。それが側頭葉にある記憶と照合されます。
トップダウン信号とは前頭葉や側頭葉に蓄えられている昔あった記憶情報が視覚情報に指令を送る。そして視覚情報との照合がおこなわれます。

このように今見たものがプロセスされて記憶へと近づいていく信号と、記憶の本体から流れてきた信号が今オンラインで情報処理をしている視覚情報、聴覚情報と照合されるという、この2つの信号を組み合わせるということが記憶を思い起こさせる本体ではないかと考えられています。

ではこの2つの信号はどこで照合されているのでしょうか。その照合は海馬で行われているのではないかという1つの仮説があります。

海馬と記憶の照合

▶海馬は大脳情報処理経路の最上位に位置する

上の図は脳の回路を模式的に表したものです。大脳の視覚情報、聴覚情報、嗅覚情報が統合された大脳連合野からそれらの情報が嗅臭野や海馬傍回に伝わります。そしてさらにこれが嗅内皮質に到達します。この嗅内皮質から海馬に情報が移って海馬で処理された情報はいったん嗅内皮質に戻り、嗅内皮質からまた嗅臭野や海馬傍回に伝わり大脳連合野へ情報が戻ったり、また嗅内皮質から別の領野へ情報が移ったり…ということが行われています。

つまりこの海馬というのは脳の様々な場所とつながっていて、そこからの情報を一度すべて受け取って、なんらかの処理をしてから外部へ出力するという解剖学的な位置にあるということです。

ということはさきほどのトップダウン信号、脳の中にある情報から出てきた信号と聞いたり見たりした外からの情報が交わる場所として海馬が適当なのではないかということが考えられるということになります。

ではこの海馬はどこにあるのでしょうか。

さきほどの H . M さんが摘出した部分に相当します。つまりこの海馬というヒトの情報処理において重要ではないかといわれている部分がなくなってしまうと記憶ができなくなってしまうということになります。

したがって場所的には海馬が重要であるという昔の知見にも対応がついたということです。

海馬の性質

記憶にとって重要な役割を果たす海馬にはどのようなニューロン(神経細胞)があるのか、またヒトの海馬にあるニューロンはどのような性質を示すのでしょうか。

特定の人物に応答する神経細胞

てんかん患者の脳の活動を調べた研究があります。手術前に海馬の電気信号を測定する実験を行いました。患者にあるハリウッド女優、例えばジェニファー・アニストンの写真を見てもらいます。その写真を見てもらっているときに海馬の活動を測定するという実験を行いました。様々な場面でのジェニファー・アニストンの写真を見てもらうと海馬の活動が増加しました。
そして面白いことに文字でJennifer Joanna Anistonを見せたときにも反応しました。

一方他の女優の写真や文字を見せたときにはほとんど反応を見せませんでした。女優以外にも知名度の高いバスケットボール選手や歴史上の人物などにも反応は見せませんでした。

このことから、どうやら海馬には特定の人物に反応する神経細胞が存在するのではないかということが疑われます。そして海馬は単にその人物の顔を見せただけでなく、文字や関連する事柄を見ても反応するということがわかりました。つまり海馬には特定の人物に反応するという性質があるということが研究によってわかってきました。

理化学研究所の論文で次のようなものがあります。

他人を記憶するための海馬の仕組み

図形対連合記憶課題

宮下 保司 先生
(東大名誉教授・理研脳科学センター長)

図形対連合記憶課題
被験者であるサルがある図形を見ます。この図形と組みになっている絵をあらかじめ決めておきます。「この絵を見たときにはこの絵を選びなさい」という課題です。百人一首のようなものだと思ってください。ある図形を見せて対になっている絵をタッチパネルで選択させるという実験です。

対符号化ニューロン(pair-coding neuron)

このように全く関連性のない2つの図形ですが、このトレーニングをサルに継続的に実施していくと、さきほど聴覚的な記憶や視覚的な記憶と関連性の強いと説明した側頭葉に変化がみられました。サルに12対の絵を見せた際にある特定の組み合わせにおいて強い反応が見られるという結果が得られました。ある特定の組み合わせで、最初の絵を見せたときの反応と対になる絵を見せたときの反応が同じようになってくるという現象がみられるようになってきました。12対24枚の絵の中でこの特定の組み合わせの絵だけに選択的に反応する細胞ができたということになります。
これはどういうことかというと、実験を始めて最初の時点ではサルはこれらの図形の組み合わせがあるということを知りませんでした。なのでたまたまこの特定の図形にだけ反応を示す細胞が元々存在したということは考えにくいと思われます。したがってこれは訓練によってできた反応であるということが考えられます。そしてこのトレーニングを継続していくうちに他の組み合わせにも反応がみられるようになってきました。このように訓練することで反応する細胞を増やしていくことができる、これを対符号化ニューロン(pair-coding neuron)といいます。

対図形想起ニューロン(pair-recall neuron)

さきほどはある特定の組み合わせの絵の両方に対して反応をみせるというものでした。対図形想起ニューロン(pair-recall neuron)とは、まず最初に見せた絵に対しては反応が強い。だがその絵と対になる絵に対する反応は低い。つまり最初の絵に対する反応だけが強く出ているということです。ですが、その逆パターンで反応の薄い方の絵を見せると対になる絵が出るまでの時間、待っている間にだんだんと反応が大きくなってくるという結果がみられました。これはおそらくは最初の絵に反応性があるということです。この絵を待っている間に反応がだんだん上がってくるということはこの絵を思い出しているという反応を反映しているのではないかということがわかってきました。これを対図形想起ニューロン(pair-recall neuron)といいます。

つまり最初の図形に対してニューロンは反応を示すとともにその図形を思い出さなければならない状況でも反応を示す。思い出すというプロセスによってニューロンは反応を示すということが示唆されています。

まとめ

わたしたちの頭の中にある側頭葉や海馬などの神経細胞は様々な情報を連合させるはたらきがあります。これを対符号化といいます。そしてこれは、私たちの知識や記憶を形成する基本的なメカニズムです。例えば「桜の花」と聞いてその色や形について思い出したり、入学式のことを思い出したり、またワシントンDCについて想像するかもしれません。このように私たちの知識は1つ1つの関係する事象が対符号、連合することによってネットワーク化されて形成されていると考えられます。そしてそれを担っているのが側頭葉や海馬であるということです。

出張リハビリ和海 なごみ(株)

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