現在私たちの年金の情報は「日本年金機構」がコンピューターを用いて管理・運営しています。
平成9年に私たち一人一人に「基礎年金番号」が振られました。ですがそれ以前は「年金事務所」の職員が住所・氏名・年齢・性別をもとに手作業で記録の管理をおこなっていました。
これによって持ち主のわからない年金情報が数多く生まれました。
今回はこの「消えた年金問題」についてわかりやすく説明していきます。
基礎年金番号による年金の引継ぎ
会社などの企業に雇われた場合年金の加入や引継ぎの手続きをしなければなりません。
その手続きをするのは被保険者である従業員を雇う会社になります。
今まで働いたことがなく新たに会社に勤めましたという人は新しく厚生年金の記録ができるということになります。
では転職した場合はどうなるのでしょうか。
まず前の会社を辞めたときに辞めたという届け出が出されています。そして新しく雇われた会社からは新しく雇ったという届け出が出されます。それが同じ人であれば当然記録は引き継がれなければなりません。
例えばAさんという人がBという会社を辞めてCという会社に入ったとします。
このBという会社に勤めていたAさんとCという会社に新たに務めたAさんが同じ人かどうか。
それぞれ別々に届け出が出されるのでわからないということになります。
これをつなぐために「基礎年金番号」という番号がそれぞれの人ごとに振られています。
なので転職した場合はこの「基礎年金番号」という番号を会社に届けなければなりません。
この番号によって記録が引き継がれていくということになります。
宙に浮いた年金記録
このようなかたちで記録がつながっていくので、〇年以上勤めたらいくら年金がもらえるという計算ができるわけです。
ですがこの「基礎年金番号」が1人1人に振られたのが平成9年です。
では平成9年より前はどうしていたのでしょうか。
このAさんがBという会社を辞めてCという会社で新たに務めます。
そのAさんの住所・氏名・生年月日・性別が同じであるという情報が台帳から出てきたら同じ人であるという可能性が高いことになります。そこで年金事務所は同じ人かどうかをいちいち問い合わせをして確認していました。
例えば連絡したけれども返事が来ない、あるいは転職を機に住所が変わった、あるいは結婚を機に仕事や姓が変わったなどの場合があります。このような場合全て同一人物とはいえない、確認がしきれないということがありました。そして違う人物として記録されてきました。
つまり1人の同一人物の記録が細切れに切れたままいくつものところに分かれて記録されていたということです。
いくつも記録が分かれていた状態で平成9年に全ての加入者に「基礎年金番号」を付けました。この「基礎年金番号」はその時点で被保険者である人にしか振れません。過去の誰のものかわからない状態でプチプチ切れたものについては番号が振れません。
この細切れになった年金記録は誰のものかわからない記録としてずっと残っていました。
消えた年金問題
そしてその後この細切れの年金記録を住所・氏名・生年月日・性別4つのうち3つが同じなら同じ人ではないか、ということで「つなぐ」という作業をおこなってきました。
ですがこれが明るみになり問題になったときにはまだ5000万件も年金記録のかけらが残っているという状態でした。
実際には平成9年の時点で亡くなった人のぶんも含めると1億件ほどの記録があったといわれています。それを必死でつないで5000万件まで減らしたということでした。
ただこれが年金の給付につながらないということではもちろんありません。
実際に年金をもらう手続きをするときには自分の勤めた記憶・経歴を全て申請します。
その際に途切れた部分と細切れになったかけらをつないでいくということをしています。それでその人の一生分の記録がつながればその分の年金がもらえるというわけです。
最後にうまくパズルのピースが見つかれば5000万だろうが1億だろうが問題はないということになります。
ですがどうして問題になったのでしょうか。
それは実際に年金をもらうときの手続きで本人の申し立てと誰のものかわからない状態で残っていた記録とが一致しないということが多々出てきたからです。
いったい記憶と記録のどちらが正しいのかという事態が数多く起こりました。中には本人が申し立てたけれども記録としてはないということもありました。そうするともらえるはずのものがもらえないということです。
それが「消えた年金問題」です。
なぜ年金記録は消えたのか
どうしてこのようなことがおこったのでしょうか。それは人間がやることだからです。
コンピューターで管理するとはいってもそのコンピューターに入力するのは人間です。入力を間違えると記録が消えてしまいます。また場合によっては本人の記憶自体が間違っている場合もあります。
おそらく一番多いと思われるのが会社の担当者の間違いです。また会社側が故意に当時の社会保険事務所に届け出を出さなかったというケースもあります。本人は勤めているつもりでも会社側が届け出をださなければその記録は存在しないことになります。
いずれにしても人間がやることなので必ず間違いが発生するということです。
このようなことがきっかけとなり「社会保険庁」は消滅したという経緯があります。
これはそもそも年金の運営に間違いはないということを前提に制度が運営されてきた。このこと自体が間違いだったのではないかということです。つまり本人が知らないところで国がやっていることであること。そしてそれに間違いはないということで全てを任せた状態で運営されてきたことが問題だということです。本人が気が付いて間違いを指摘したとします。ですがそのときにはもうそれが間違いなのかどうなのかもわからないような時期になってしまっている。そうなってからようやく明らかになるということ全てが問題だということです。
自分で思い出して!「年金特別便」
つまり本人が知らないうちに記録がつくられていくというそのシステム自体が問題だということです。
このようなことがあって現在は「年金特別便」を定期的に郵送して本人の記憶を呼び戻してもらおうとしています。当時の厚生労働大臣であった舛添要一氏がこれをすることによって加入者自身が受給前に申告してくれることを期待しておこなった政策でした。そしてこれにより5000万の細切れになった記録がなくなるはずでした。ですが結局現実にはほとんど進んでいません。
自己管理システムの導入
本来であれば記録が記入されるとき、つまり届け出が出される時や毎回保険料を払った時にそれが本当に自身のデータに記録されているかどうかを自分で確認できるシステムが必要です。
それがチェックできる体制がない限りこの「失われた年金記録」というのは決してなくならないのではないでしょうか。
基礎年金番号が導入されたから大丈夫と安心している人がいるかもしれません。ですが実際にはこの基礎年金番号をいくつも持っているという人が存在します。
それは以前の会社の辞め方がスムーズでなかった、また転職を繰り返していることを知られたくないなどの理由で次の会社に行ったときに前の会社での情報を申告しないケースもあるからです。
なのでやはり自分で自分の年金記録が確認・管理ができるシステムをつくっていくことが必要なのではないでしょうか。
ただ例えばこのように便利にすればするほど個人情報が洩れるリスクも存在します。
年金情報と徴収の流れ
【図】
現在は私たちの基礎年金番号による情報は上の図のセンターコンピューターによって管理されています。
資格取得の流れが青い線で示され保険料の請求が赤い線で示されています。
それぞれの人ごとの給与のデータをセンターコンピューターに送信し、そのデータををもとに計算した保険料を請求するという流れになっています。
「年金事務所」とセンターコンピューターの間はコンピューターでつながっています。そして「年金事務所」と会社との間は紙情報でつながっています。
この「年金事務所」からの情報をもとに会社は保険料を被保険者である従業員と会社とで折半して支払うというかたちになっています。
コンピューターによる一括管理
実際に保険料が「年金事務所」に支払われるとその個人個人のデータが本部のセンターコンピューターに送られます。
このようなデータのやり取りが、例えば40年加入しているとすると12×40なので480回繰り返されます。
そして1号・2号・3号全て合わせると約7000万人の加入者がいます。この7000万人×480回ぶん、保険料を納めたか納めなかったかなどの記録が管理されていくわけです。
この膨大な回数のやり取りですが全て自動でおこなわれているわけではありません。当然ですがその間には人間の手が入っています。
これを考えるとコンピューターを導入したから間違いはないだろうと考える方が間違いなのではないでしょうか。間違いがあって然るべきということを前提に考えていかなければならないのではないでしょうか。
普通の会社員であればおそらく昇給は年ごとにおこなわれると思います。そしてその給料の届け出を会社は年に1回「年金事務所」に提出します。この給料のデータを「年金事務所」の職員がひたすらコンピューターに入力をしていく、という作業がおこなわれています。
この一連の流れで膨大な数の作業が人間とコンピューターによっておこなわれます。このことを考えればどこかで間違いが起こるということは然るべきなのではないでしょうか。
まとめ
昔は年金加入者の氏名・年齢・生年月日・性別などを元に年金記録を管理していました。そして転職などの場合はこれらの情報をもとに「年金事務所」の職員が本人を照合するといういわば手作業での記録管理がおこなわれていました。
しかしそれによって連絡がつかなかった、書き間違えなど様々な理由で誰のものかもわからない宙に浮いた年金記録が1憶件以上も発生しました。
その情報を管理するために個人個人に年金番号を振る、コンピューターで一元管理するなどの措置がおこなわれてきました。
ですがこれによって果たして全て安心して年金制度を信頼できる…ということにつながっていくのでしょうか。
「消えた年金問題 その1」で説明したように共済年金組合はそのデータを「日本年金機構」に渡してはいません。10年も前のデータをすべて大事に自身のもとで管理しています。
これがどういう意味を持つのか、また私たち自身も自分の年金の情報をどのように管理していけば良いのかを改めて考えていく必要があるのではないでしょうか。
参考資料
社会保障を問い直す/中央法規出版/2003.4.1/植村尚史著
コメント