国によって社会保障の仕組みや目的、構造は変わっています。
この社会保障を大きく2つに分けると「ビスマルク型社会保障」と「ベバリッジ型社会保障」とに大別されます。
ではこれら2つはどのような仕組みで成り立っており、どのような概念のもとで構築されているのか。
ビスマルク型とベバリッジ型
ビスマルク型
ドイツ、フランスのモデル
勤労者のリスクヘッジが目的
ベバリッジ型
イギリス、英連邦、北欧のモデル
ナショナルミニマムを確保
労働者は自身の労働を売って生活の糧を得ているため、病気やケガ、また高齢になり自身の労働が売れなくなった場合生活の糧を得る手段を失うというリスクを抱えています。そういったリスクを回避したり、元の生活へ戻れるように対処するという構造で社会保障がつくられている国をビスマルク型社会保障といいます。
ビスマルク型社会保障は元々働いていた人が負ったリスクを保障しようというもので、もともと働いていなかった人を社会保障の対象にするわけではない考え方です。
ビスマルク型社会保障は社会保険を軸に構築された社会保障制度といえます。
元来社会扶助は貧困者の救済というところから始まっています。その前提として社会に参加する、スタートラインに立つための保障をしようというものです。ベバリッジ報告ではこれが社会の発展にとって重要な仕組みであるという考え方を土台にしています。全ての人がスタートラインに立つことによって、本当の意味での競争によって社会が発展していく。そのスタートラインに立つための保障をしようという考え方で社会保障がつくられている国をベバリッジ型社会保障といいます。
ベバリッジ型社会保障はそもそもスタートラインに立つための保障をするということが社会が保障できる最低限度であるというナショナルミニマムを確保することに重点が置かれています。つまり社会扶助を軸にしている社会保障制度といえます。
この2つは元々の制度が異なるように、社会保障の制度を組み立てていく基本的な理念が異なっています。
そしてその対象がどのような人たちであるのかも異なっています。
これら社会保障がつくられた当時は、労働者階級が社会の最下層でありリスクにさらされやすかったこともあり、そのリスクヘッジと最低生活を保障する、ナショナルミニマムを確保することにはさほど差はありませんでした。
その後ヨーロッパの国々は経済的に大きな発展を遂げ、労働者が最下層から中間層へと変化してきました。そして、社会保障の役割もその中間層の人たちを貧困層へと低下させないことが目的となってきます。
そして、ナショナルミニマムについては、元々の経済的な水準が高かった人たちのリタイヤ後の生活の確保を考えると貧困救済とはかなり差ができてしまいます。
社会保障をリスクヘッジだと考えるか、またナショナルミニマムの確保だと考えるかで目指すべき水準が違ってきてしまうということになります。
そのような背景からビスマルク型社会保障とベバリッジ型社会保障という2つの形ができあがってきました。
ビスマルク型とベバリッジ型の特徴
ビスマルク型とベバリッジ型では制度の立て方やお金の給付のしかたも異なります。
ビスマルク型
雇用関係を土台にして成り立つ
ベバリッジ型
職業や就業関係に関わらず、社会の一員であるということで制度の対象となる。
経済成長とともに修正を余儀なくされる。
ビスマルク型は元々職域において作られた制度であるため、その制度の基盤は雇用関係に立脚しています。そのため保険料は給与からの天引きであり、給付は所得水準に応じたものとなっています。そして年金制度においての考え方は、所得が大きい人ほど退職後のリスクは大きいという考えの元、保険料の額を大きくしてその水準に応じた年金を支給するという所得比例型の年金制度となっています。医療においてもリスク分散の保険制度を導入し、できるだけ早く復職が可能になることを目的として医療へのアクセスが容易にできるようになっています。また休職中の保障も医療保険による現金給付も所得水準に応じたものとなっています。
日本の社会保険制度はこのビスマルク型を導入して制定されました。日本の元々の社会保障制度はビスマルク型であったといえます。
一方ベバリッジ型は雇用に立脚せず、働き方には関係なくナショナルミニマムを確保するというものです。社会保障の対象は全ての国民となります。そして給付においてはナショナルミニマムを保障することが前提となっているため、ビスマルク型のように所得水準には左右されず、あくまでもナショナルミニマムのみを保障するということになります。つまり、所得水準が高い人たちは何の保障もなく保険料を徴収され続け、また年金制度も定額給付となっています。医療においては医療を提供すること自体がナショナルミニマムであるという考えの元、医療は全額税金負担という医療保障制度となっています。
このようにビスマルク型とベバリッジ型の制度の基本的構造は1つであり、両者が混在することは稀であるということがいえます。
経済発展におけるビスマルク型とベバリッジ型の変化
社会保障の開始当初はビスマルク型、ベバリッジ型のどちらの形でも守られるべき保障の水準自体はさほど変わらないという状況でした。ですが経済発展により人々の生活が豊かになってくるとその保障制度に変化が生じてきました。
医療保障における社会保障の変化
経済が発展してくると医療も高度な医療へと変化を遂げてきました。ビスマルク型は給与から保険料を徴収し医療を提供するという制度をとっています。したがって給与が上がれば保険料も増えるためその支出にも対応できます。一方ナショナルミニマムを保障する制度では、医療の高度化、高額化に税金で対応することが難しくなり、高度な医療を希望する場合は保障制度を利用せずに他国へ行って自費で医療を受けることが必須となってしまいます。
年金制度における変化
ベバリッジ型では、特に年金制度で大きな問題が生じてきました。社会保障の開始当初は最下層であった労働者層が中間層へと変化し、国民総中流という状況となってきました。ナショナルミニマムしか保障しないという制度では生活を維持することができなくなり、退職後にいきなり最貧困層へと陥ってしまうという問題が生じることになってしまいます。そこでイギリスやオーストラリア、カナダ、スウェーデンなどの北欧諸国では定額保障と所得水準に応じた保障との2階建ての年金制度が作られる制度改革がおこなわれました。つまりベバリッジ型の上にビスマルク型が乗っているというような制度となりました。そして、ナショナルミニマムを保障する年金制度は最低水準のみを保障する制度へと変化しましたが、ニュージーランドはベバリッジ型の年金制度が残っており土台の基礎年金の部分の水準が高くなっています。
このような社会全体の変化のなかで、ベバリッジ型の社会保障は世の中の流れにそぐわなくなり、徐々にビスマルク型の社会保障を導入していくという改革をおこなってきました。
社会保障の対象
これら2つの制度において重要なことは、誰を対象にしているかということです。
ビスマルク型は労働者を対象としており、給与から保険料を徴収し、所得水準に応じた保障をする制度です。世の中の人のほとんどが労働者として給与を得る社会となっても、それ以外の一部の人たちは社会保障の対象外として扱われてしまいます。
例えば退職後に年金生活を送っている人は労働者ではないため、医療保障を受けることができません。そのような人が医療保障を受けるためには、労働者に擬制する、年金額の中から保険料を徴収するという制度をとっています。また自営業者は任意で労働者の加入している保険に加入できることになっています。ですが本来会社で半分負担している保険料を自身で負担しなければならないため、かなり高額な保険料を支払うことになります。また、ドイツでは富裕層など一定以上の収入のある人たちは社会保険に加入することができません。つまり、国民全員を社会保障の対象とすることを目指してはいないということになります。
一方でベバリッジ型においてはナショナルミニマムを保障するということが前提となっているため、国民全員が保障の対象となるということを目指しています。
日本における社会保障の構造
ビスマルク型社会保障とベバリッジ型社会保障が社会保障においての2つの基本となっていますが、それに外れた異質な社会保障制度を取っている国があります。
それが日本です。
日本の社会保険の構造
- ビスマルク型とベバリッジ型が混在
一方が他方の対象者以外を対象とすることで、皆保険・皆年金を実現=一方の制度の対象外となると他方の制度に自動的に加入する
小数の人たちの制度が、全体を振り回してしまう
なぜこのようにビスマルク型とベバリッジ型が混在している保障制度になってしまったかの要因として、社会保障制度を導入した時期が早すぎたということがいえるのではないでしょうか。
日本に厚生年金や社会保険などの社会保障は戦前から存在していました。このような社会保障制度が導入された時期に、労働者と呼ばれる人たちは国民全体の10%もいませんでした。この時期にドイツと同じような労働者を対象としたビスマルク型の社会保険制度を導入しました。
日本で皆保険・皆年金制度が導入されたのは昭和36年。この時期でも日本では高度経済成長の始まりの時期で国民の6~7割が農業や漁業などの自営業者がほとんどでした。
この時期に皆保険・皆年金制度を実現させようとするとベバリッジ型の社会保険制度を導入するしかなかったわけです。
現在のように国民の9割ほどが労働者となっても、ベバリッジ型の社会保障は残っているためそれを税金でカバーすることは難しくなってきます。つまり少数者の制度が財政を圧迫してしまうという状況となってしまいました。
更に企業側としても、保険料を半分負担することになるため雇用関係を見直してその他の保険制度へ加入してもらった方が、負担が減るということになります。
日本は社会保障が充実している国といわれていますが、その一方で高すぎる保険料の負担や保険料の未払い、貧困化など深刻な問題も抱えている、まさに異質な国だといえるのではないでしょうか。
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