社会保障制度の持続可能性 日本の医療制度における課題その3-感染症に対応できない日本の医療提供体制

医療保険制度の課題 なぜ自費リハビリが必要か
日本の医療保険制度の抱える課題
  1. 目次
  2. 異質な日本の医療提供体制
  3. 医療提供を円滑にするための解決策
  4. 医療供給体制をつくった時代背景
  5. 世界トップレベルの日本の検査機器数
  6. 小規模病院の乱立
  7. 日本の医療体系の特徴
  8. ホームドクターのいない日本
  9. 感染症と医療提供体制の効率化
  10. まとめ
  11. 参考資料

日本の病床数は世界1の数を有しています。ですがそのほとんどが感染症などの有事の際には全く機能しないものです。
入院期間も世界ではトップレベルに長く、このことは今回のコロナ禍以前から社会問題として議論されてきました。
これまで日本では医療の効率化を目指して無駄な病床数を減らすことと病院の機能分化を目指してきました。
現在のコロナウイルス感染のまん延でこれまでの医療の効率化を改めて考えていくべきだという課題が突きつけられています。
今回は日本の医療提供体制における課題について説明します。

異質な日本の医療提供体制

日本の医療提供体制の表

出典:厚生労働省資料

上の表は先進各国の医療提供体制について示した表です。先進各国の病院の病床数や医療従事者数を表したデータです。

詳しくは【なぜ日本で医療崩壊が起こるのか?日本の医療提供体制について】をご参照ください。

この表は厚生労働省が出している表ですがOECDのデータをそのまま使用しているわけではありません。それはなぜかというと日本の病院というものの定義が他国と全く異なっているからです。

それは【日本の医療提供体制について】でも説明しましたが他国では病院とは急性期病院(救急車で運ばれるところ)のことを指します。上の表はその場合の在院日数や病床数などを表したものです。
ところが日本の場合はそれ以外の病院と名前のつくところ全てを病院として表しています。したがってそもそもの土台がずれているというわけです。
他の国では病院とはとても呼べないような「施設」として扱われているところも日本では病院として扱われておりその数も加えられています。データが全く違うのでこれを比較して何の意味もありません。
逆に比較できないような形になっているということが日本の医療提供体制の大きな問題です。

【日本の医療提供体制について】 についてはこちらをご参照ください。

社会的入院にも医療保険を適用する日本

そもそも病院というのは急性期の人たちが医療を受けるところです。つまり医療を受けなければ死んでしまうような重篤な状況にある人たちが入院するところです。

したがって平均在院日数が30日以上というのはおかしな話です。全ての人がそのような重篤な状態が30日以上も続くわけがないというわけです。

このようなおかしな状況を他国の目から見ると日本はたいへんに非常識なところと映るのではないでしょうか。

集中治療室に30日以上も入っているのか?いったいどのような治療をしているのか?という疑問を持たれても仕方がない状況となっています。

しかし実態はそうではなく、病気自体は治っているのに家に帰っても面倒をみてくれる人がいないので家に帰らないという「社会的入院」とよばれる人たちもこの中には入っています。

ヨーロッパやアメリカにはそのような無駄な入院を医療保険で提供するという概念がありません。

つまり日本のこの数字は理解できないということです。

このいわば非常識の状況を他国のように常識的な範囲にしましょうというという動きは出てきています。日本は入院期間をもっと短くする、そうすると必要のない病床ベッド数が増えるので病床ベッド数も減らしていくという流れをつくろうとしています。

ベッド数が減っていくとベッド当たりの医療従事者の数が増えていくことになるので、他の国に近づいていくということを目標としています。

そしてこれが現在の医療提供体制もっとも重要な課題となっています。

医療提供を円滑にするための解決策

このように世界各国と比較すると非常識とみられる日本の医療提供体制ですが、ベッド数を減らすために病院を閉めてくださいということは言えません。

それは日本が自由開業制をとっているからです。

ではどのように対処していくかというと、それは保険制度で払う金額を減らすことでいわば絞めつけることしかできません。

そこでどうしているのかというと入院日数が増えると徐々に払う金額を減らしていくということをしています。入院日数が長くなると病院にとってはどんどん赤字になります。だから早く退院させる、そして入院患者が少ないところはベッドを減らさざるを得ないという流れになってきています。

このような流れが定着することで効率的な病院の配置を実現させようとしています。

病院側としても急性期を脱してバイタルも安定した人にいつまでも必要のない治療を続けず、新しい患者を受け入れる体制が取れるということになります。

ですが早く退院させられてもみてくれる人がいないから困るということで療養型や回復期の病院へと転院させるという流れがつくられており、結局場所が変わるだけで入院日数は変わらないというのが現状です。

医療ニーズが高いうちは診療報酬を高く設定し入院期間が長くなり医療ニーズが低くなっていくほど診療報酬を減らしていくという仕組みをつくりました。

そして早期に家に帰そうという流れにしました。

ところが家に帰ると病院で受けていたような医療・看護・介護またさまざまな生活の支援を受けることができなくなります。特に高齢者の場合家族がいても十分な面倒をみることができなかったり、往診や訪問看護などのサービスも受けられないため結局家に帰ることができない「医療難民」とよばれる人たちが出てきています。

医療供給体制をつくった時代背景

まず日本が自由開業制をとっているため病院がつくり放題であるということがあげられます。ここに病院をつくれば儲かるだろうとニーズの高い地域には病院が乱立しています。

そしてもうひとつは日本が医療供給体制の整備をすすめてきた時代背景には急性期疾患が主であったということがあります。

当時の急性期疾患というのは主に感染症でした。感染症は急激に悪化するので一気に治療をしないと命に係わるというケースが多くあります。そして周囲に感染するので病院で隔離しなければなりませんでした。

したがって設備の整っている病院で短期集中型で治療するために病院をたくさん作らなければなりませんでした。このような時代背景のなかで医療供給体制の整備がすすめられてきました。

もとは診療所でも大きな建物に変えたりや設備を投入することで大きな病院として対応できます。そのようなところにお金をどんどん投入するというかたちで医療供給体制が整っていきました。

ところが現在の疾病構造は生活習慣病など徐々に悪くなっていき治療によって劇的に回復することはないような疾患が主になっています。

集中的に治療するというより日常生活をしながら病気の管理を続けるというかたちになってきました。

このような人たちも入院治療を続けるということになると、いつまでたっても退院できないということになります。このような背景からどんどん病院が増えていった経緯があります。

世界トップレベルの日本の検査機器数

病院をつくった以上はベッドだけでなくそれに見合った設備が必要になってきます。また病状管理をするためにはいろいろな検査機器が必要になってきます。

日本ではそういったものが効率的に配置されず、あちこちに同じような検査機器が導入されています。

日本のCT・MRI数

出典:OECD Hdalth Data 2013 (2010年データ、2012年データ)

上の表はCTとMRIの配置状況を表しています。

日本の検査機器の数は他の国に比べて突出して高い数字となっています。

つまり同じ検査ができる高額な機器がそこらじゅうにあるということです。

ドイツや特にイギリスではCTやMRIがほとんど普及していません。医者は聴診器1つで勝負するのだというような意気込みの国だといわれています。

一方で日本はとにかく検査しないと何もできないというかたちで検査がおこなわれています。また検査機を購入した以上稼働させないといけないのでしなくても良い検査もどんどんしています。このようなことも医療費増加の要因となっています。

小規模病院の乱立

病院をどんどん作らなければならないということで診療所でもこの地域には病院がないので病院にしようということをしてきました。このようにしてつくられた病院が日本には多くあります。そのために診療所から病院という区別がアナログ的につながっています。病床数20床という形式的に区別するしかないというわけです。

21床でも病院である…というのは世界的に見れば???という感覚だということです。

病床数の割合

ヨーロッパなどの先進国では200床以下は病院ではないというのが一般的な常識だといわれています。200床以下で医療をしているところはナーシングホームのような施設という認識になっています。

ところが日本では200床未満の病院が約7割を占めています。このために「連続性」が欠けているといわれています。

日本の医療体系の特徴

日本はベッド数のみで病院と診療所を区別しているためその機能分担や連携が少なく「連続性」にかける状態となっています。

病院と診療所の区別が少ないということは役割がないということです。そして役割がないということは分担もないということになります。自分のところで全てやってしまおうということで、できないこともやってしまおうという動きとなっています。

なので診療所がこれは高度な医療を必要とするので大きな病院を紹介するという機能があまりありません。そのために連携がうまくいっていません。そうすると他の病院へ行けば治ったのに小さな病院や診療所で治療を続けていたために命を落とすというケースも起こってくるということです。

一般的な感覚でも診療所が大きくなったものが病院だという認識で病院と診療所の区別がほとんどありません。

本来「かかりつけ医」というのは近くの診療所で長くお世話になるというものですがそのような存在もありません。なので急性期等の大きな病院の先生が「かかりつけ医」だとなってしまっています。

大きな病院は専門で分かれています。たとえばある科にずっとかかっていたのに別なところに癌ができたのをずっと発見できなかったというような話が普通に存在します。

これが日本の医療の特徴となっています。

ホームドクターのいない日本

総合的に身体全体を診てくれる、あるいは子供のころからお世話になっているのでこの人にはどういう傾向があるのかどういう病気になりやすいのかを理解してくれている医師を「家庭医」といいます。

日本では「かかりつけ医」と「家庭医」が別物となっています。というより「家庭医」という概念がありません。

「家庭医」は一般的には総合医といわれイギリスなどではGeneral Practitioner(GP)といわれています。
日本にはこのGPという存在自体がいません。

日本医師会では「医者に区別をしてはいけない」とこのGPをつくることに大反対しています。ですが結局このようなことを言いながら専門の科の治療しかできないという医師がほとんどです。実際の医学部の医者の養成も専門医を養成することを目標にしてやっているので身体全体を診ることができる総合医というのはいないということです。

救急の担当となっても全体を診ることができないので見落としてしまう、専門ではないのでわかりません、などの話が多く聞かれます。

ヨーロッパなどでは入り口で身体全体を診ることができる医師がいて自分では治療ができない場合は専門の病院に紹介します。そして治療が終わればまた逆紹介でもとの診療所に戻ってきます。このような流れが日本にはないということです。

このような流れをつくっていくためには機能分化を標準化させなければなりません。また一方で全身を診ることができる総合医を養成していく必要があります。

患者の意識、医者の意識そのものを変えなければならないということになります。
また医師の養成の体制も変えなければなりません。日本の医療の等級と根底から変えなければならないということになります。

この医療の本質を根底から変えなければならない理由は疾病構造が変化したからです。つまり世の中の動きというものに日本の医療の供給体制あるいは医師の養成体制がまったく付いていっていない、まったく遅れているということです。

これが現在の日本の医療の実態です。

OECDによる日本の医療供給の評価

このためにOECDが日本の医療供給体制を調査した際、日本の医療は決して効率的におこなわれているわけではないという報告書になっています。

機能分化と標準化の欠落:OECD(2001)

政府はその無駄な費用のことだけを考えていますが、効率的ではないというのは単にお金が無駄に使われているだけではなく必要なところに資源が回っていないということも含まれています。

いうなれば助かるいのちも助からないということが現実におこってきます。また最適な医療がおこなわれていない。そのためにすぐに治るような病気でもいつまでたっても治らないということが起こっています。これが費用がたくさんかかっているということにつながっています。

感染症と医療提供体制の効率化

ところが今回のコロナ禍で効率的な医療体制を進めていくということが果たして本当に良いのか、国民のためになっているのかということも問われるきっかけとなってきています。

2020年の初頭に新型コロナがヨーロッパで感染爆発といわれるようになったのはなぜでしょうか。それは医療崩壊が起こったからです。

医療崩壊が起こったということはどういうことかというと、それだけの患者に対してそれをまかなうだけの医療提供体制がなかったということです。急激に感染者が増えたためにその感染者を入院させて隔離して治療するだけの体制がなかったということです。

隔離する体制がないところに患者が押し寄せてしまいました。そのためにその他の病気で入院している患者まで感染してしまうということが起こりました。一方で治療自体を受けられない人もたくさん出てしまいました。

このため重篤化して命を落としてしまう人たちが多く発生しました。

これがいわば危機になってしまいました。

これを止めるためにはとにかく感染を止めないとどうにもならない状態となりました。つまり治療ではどうにもならなくなったということです。

ウイルスは人間の中でしか生きられません。そして人から人へと感染します。だから人の接触を止める、人の活動を止めるという対策を取りました。これがロックダウンです。

このロックダウンの中活動を許可されたのは医療従事者と食料を提供するところだけとし、経済活動を一切ストップしました。

これによって感染が止まり医療のキャパシティの中で収まる状況となりました。

日本ではどうしたのかというと2020年時点では医療崩壊は起こりませんでした。

これは医療提供体制がしっかりしているからということではありません。

実は日本の感染者に対応できる医療提供体制はヨーロッパと比べるとはるかに能力が低いということがわかっています。

2020年に日本で医療崩壊が起こらなかったのは単なる幸運でしかなかったということです。

そして2021年現在は急変して酸素飽和度が80%以下にまで下がった患者が救急車をよんでも受け入れ先の病院がないという状態が起きています。まさに医療崩壊といえるような状況となっています。

この危機に対処するためには感染症に対応できる医療体制をつくらないといけません。つくらないといけないというより、感染症に対処してきた時代に戻さないとなりません。

ところが現実に感染症に対処するためにつくってきた病院などは現在の疾病構造の変化とともに変わってきてしまいました。変わってしまった結果、無駄だということでどんどん減らそうとしています。

これを戻すということは今後ふたたび来るか来ないかわからない事態のためにいわば無駄な部分を残しておくべきかどうかが問われるということです。

まとめ

日本の医療提供体制は病床数や在院日数など数字の面だけ見れば豊富にあると思われます。ですがそこには不必要な部分が多く存在してきました。
日本はこの無駄をなくそうと医療提供の効率化を図ってきました。
今回のコロナ禍でこの数だけ多く、機能を果たさない医療提供体制というものが浮き彫りとなりました。そして現在おこなわれている効率化をどこまで進めるべきかという課題も生まれました。
効率的な医療提供体制が果たして正しい道であるのかということが日本だけでなく世界中で見直さなければならない状況になってきているのではないでしょうか。

参考資料




社会保障を問い直す

社会保障を問い直す:植村尚史

社会保障を問い直す/中央法規出版/2003.4.1/植村尚史著


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